労務監査が告げた静かな異変
エリアマネージャーがいたはずの“盲点”
「今月も数字は横ばいですね。季節変動を考えれば想定内です」
月初、都内某所にある飲食企業の本社の会議室。
15年の実績を誇る中堅企業、従業員数100名。経営は堅実そのもの。社内では「安定」と評される売上報告が、今月も淡々と通過しようとしていた。
しかし、その穏やかさの中に、ひとつだけ静かな違和感を抱いた人物がいた。
企業からの依頼により派遣されているしえんグループ労務監査担当の佐野だ。社内の労務管理体制の見直しの一環で、今年から定期的に人事・会計・勤務実態を横断的にチェックする監査が始まっていた。今回がその2回目。
佐野は机の上に広げられた3ヶ月分の月次売上表を見つめながら、ページの端に付箋を貼った。
「すみません。この店舗、売上高は前年並みに見えますが、レジ記録と実棚の現金残高にズレがあるように見えます」
経理担当の久保が目を細めて確認する。
「ええと……西〇〇店ですね。たしかに日別売上は順調。レジ閉め記録も提出されていますが……棚卸と合いませんか?」
「合わないというより、ズレが定期的すぎるんです」
佐野は続けた。
「しかも、複数店舗で似たような“端数ズレ”が起きてる。特定のエリアに偏っていて、勤務管理に出てくるエリアマネージャーの動きとも一致しています」
一瞬、会議室に静寂が走る。
久保は深く椅子に座り直し、腕を組んだ。
静かな日常に忍び寄る異変
「……これって、意図的に操作されている可能性もあるってことですか?」
佐野は頷く。
「断定はできません。ただ、自然な誤差にしては規則的すぎる。そろそろ現場ヒアリングと勤怠記録の突合を進めましょう」
静かな日常に忍び寄る異変。
その正体に、まだ誰も明確な言葉を与えることはできなかった。
だが、15年間続いてきた「信頼の均衡」は、この日、初めて揺らいだ。
次回へ続く…
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