沈黙の偏り
休職者の大半が、ある部門に集中していた
数字を洗い直す作業を進めるうちに、佐野は一つの規則性に気づいた。
休職者の大半が、ある部門に集中していたのだ。
営業部──。
その中でも、新規事業を担うチームに偏りがあった。
思わず、佐野は机の上の資料をもう一度めくり返した。
偶然の重なりではないかと確かめるように。だが、年度を変えても同じ傾向が浮かび上がる。
そして、10年の間に命を絶った2人の社員も、いずれもそのチームに所属していた。
「なぜ、ここだけなのか……」
小さく漏らした佐野の声は、静かな会議室に沈んだ。
ヒアリングを重ねると、社員の受け答えには一層の慎重さがにじんだ。
「新規事業は……厳しいです。成果の要求が高くて」
「でも、部長が優秀ですから。あの人についていけば大丈夫だと、皆思っています」
そこで繰り返し出てくるのは営業部長の名だった。
大手ゼネコンから迎え入れられ、この会社の新規事業を立ち上げた立役者。
契約を次々と成立させ、経営層からの信頼も厚い。
社員たちの言葉も、その実績を裏付けるかのように聞こえた。
だが、佐野の目には、彼の名を口にする社員たちの表情が妙に引っかかった。
敬意を示しながらも、どこか硬直した笑み。
声の奥に潜む緊張。
言葉にすれば称賛なのに、その空気は素直な賛美ではなかった。
敬意と畏れが入り混じったような影が、会話のたびにちらついていた。
繰り返し浮かぶ営業部長の存在。
数字の偏り。
そして、沈黙の重さ。
まだ断定はできない。
だが佐野の胸には、ゆるぎない疑問が芽生えつつあった。
──成果の裏に、何が隠れているのか。
彼は無意識に、机上の資料を強く閉じていた。
次回へ続く…
この記事へのトラックバックはありません。